愚かな掌が、何かを、確かに掴みとりたいと願う時

 地が震え、空を俄かに活気づけ、森はざわめき、そして世界は徐に動き出す



 今、全ての理を我が内に

 踊れ





 10.The first flying lesson【Goods are theirs that enjoy them】





「リーマス!!」



 突然のリリーの悲鳴。

 そしての唐突な方向転換に、視線は一点に集中した。

 ピーターが、ひっと悲鳴を漏らす。

 が、血相を変えてリリーのすぐ後ろに走り出る。

 ジェームズとシリウスは、同時に各々の箒に跨った。

 顔を合わせている暇など無い。

「シリウス!」

「ああ!」

 地面を蹴り、二人一緒に宙へと飛び出した。



 その二人の先を矢のように飛んでいく

 クィディッチのウロンスキーフェイントにも匹敵するターン。

 見事にそれをやってのけ、猛スピードでリーマスを目指す。

 後を追う二人は、だんだん自分達との差が開いていくのが分かった。

 そして、落ちていくリーマスは恐ろしく速い。

 彼の元に辿り着くのは、地面と衝突した後になってしまうだろう。

 気付くのが、飛び出すのが遅すぎた。

「無理だジェームズ! 間に合わねぇ!」

 シリウスが、苦い表情で怒鳴った。

 彼の少し先を行くジェームズは、一瞬シリウスを振り返り、反論しかける。

 しかし、彼の言うことはもっともだ。

 このスピードでは間に合わない。

 現実的に考えて、それは無理な話。

 視線を戻したジェームズは、願を掛けるように前方を見つめた。

 遥か先、手の届かない場所で時間と戦う友人を。

 祈るように、呟いた。

・・・!」



 下で送られる声援も、数々の叫び声も、の耳には入っていなかった。

 今はリーマスのことしか頭にない。







―――私に、できるの?



 本当に、彼を助けることができるの?

 私なんかが助けに行って、どうにかなるの?

 ううん。・・・・・・疑問を持っては駄目。

 私は運命の流れに沿って動く定めなのだから。

 できるもできないも、全て運命が支配しているのだから。



 だけど



 もしも運命が、彼を殺してしまったらどうしよう。

 その時同じように、いつものように言える?



『どう転んでも、それが運命ならば私達は逆らえない』



 そんなこと、本当に言える?

 言えるよね? いつだってそうやって乗り越えてきたんだもの。

 何があっても、ずっとそう信じてきたんだもの。



 信じ続けていたいんだもの。



 それでも私は、ひとつの事を願ってしまう。

 矛盾しているかもしれないけれど。

 信じていたものを全て崩してしまうかもしれないけれど。

 世界を壊してしまうかもしれないけれど。

 それでも、一生この矛盾を抱えて生きていくならば、願いたい。



 こんな時に、薔薇水晶が使えたら、と―――







 ほんの僅かの違い。

 だが、シリウスは気付いた。

 アレは、まさか・・・

 いやしかし、と首を振り、見間違いかと目を凝らす。

―――間違いではなかった。

 ジェームズは気付いていないようだ。



 の髪が、微かに紅く光っていることに。







 生徒達は、好奇とも恐怖ともとれない悲鳴を上げていた。

 の隣では、リリーが震えながら上空を見上げている。

 口元を手で押さえ、嗚咽を漏らさぬよう、必死になって。

 ピーターは上を見て硬直している。

 両手を握り締め、顔を歪ませて、懸命に涙を我慢して。

 その二人に並んでいるは、ただそれを見守ることしかできなかった。



「カレッジ・・・」

 腕の中で黒猫がこちらを向く。

「どうした? 気分でも「僕にできることはないの?」

 カレッジの言葉を遮って、は続けた。

「友達が危険な目に合ってるのに、僕にできることは何もないの?」

「それは・・・すまん。俺には、思い当たらない・・・」

「何の為の後継者なの? これは学校の危機には含まれないとでも?」



 使い魔よりも薄い瞳の色。

 歴代の誰よりも小さな、受け継いだ魔力。

 それ故に、いつも人に助けられ、守られて、何一つ自分の力でやり遂げたことが無い。

 どれだけ悔しかったか。

 どれほど嫌だったか。

 苦い思いを、どれほど味わってきたことか。



 そしていつからか、自ら何かを望むことが無くなった。

 最初から諦めて、他人に流されるままに行動する。

 そうすれば、傷つかなくて済む。

 自分を守る、浅はかな行為に過ぎないのだが、にはそれが必要だった。

 余計な「感情」を持たないためにも。



―――だけど―――



 こんなにも何かを強く願ったのは、初めてで。

 切望する傍ら、傷つきたくないと思う自分も居る。

 だけど

 自分ひとりの力で成し遂げられなくても、いい。

 そう、誰の力を借りてでも



「助けたい人が、出来たっていうのに・・・

これじゃあ僕は、見ているだけしか出来ないじゃないか・・・!」

 顔を歪め、声を震わせ、悔しさをにじませる。

 主の葛藤を一番間近で見てきただけあって、カレッジには痛いほど気持ちが分かった。

「お前の力を一時的に大きくすることなら、できるんだけどな。

けど、解決策は思い当たらない」

 小さく、呟く。

 不甲斐ない自分を悔やみながら言った言葉。

 それは、に希望を与えるのに、充分すぎる一言だった。

「そんなこと・・・できるの?」







「速く! もっと速く・・・!」

 悲痛な思いで、は箒に語りかける。

 その気持ちが通じているのか、だんだんと二人の距離は縮まっていく。

 助けられるのは、落ちてくるリーマスとすれ違う一瞬。

 無謀かもしれない。

 けれど道が一つしかないのなら、迷っている暇など、残されていない。

 はしっかりと行く先を見据えた。

 迅速に、慎重に、彼との距離を詰める。



 そして、すれ違う一瞬。

「リーマス!!」



 地上でも、宙に浮かぶ二人も、皆が一丸となって願った。

 両手を組み、祈るように。



 その時、風が吹いた。



 否応なしに箒を流す。

 の手は、空を掴んだ。



 悲愴の溜め息か、恐怖の悲鳴か。

 生徒達は好き勝手に騒いでしまっている。

 ジェームズとシリウスは、その場で凍り付いてしまった。

 彼女の飛びっぷりは嫌というほど目に焼きついている。

 あれ程の飛び手でさえ失敗したというのに、自分達に何が出来よう。

 絶望に襲われて動けないでいる二人。

 ジェームズはふと、リーマスからに目を移し、驚愕した。

「シリウス! アレ!」

 指差す方向ではが―――



 箒ではある程度ブレーキがかかるのだ。

 それがとてももどかしい。

 は、再び宙でターンし、急降下しながらローブを脱ぎ捨てた。

 少しでも抵抗になるものは消去する。

 轟音を響かせる空気は冷たいが、しかし、それを気にかけるほどの余裕は無かった。

 覚悟は決まった。

 彼女は、箒から身を乗り出した。







!?」

 ピーターが叫ぶ。



 が箒から体を離した。

 箒のブレーキも、ローブの抵抗もかからない。

 彼女の体は、重力に引かれ、難なくリーマスに辿り着いた。

 彼の体を掴み、引き寄せ、自分が下になるようにしっかりと抱きしめる。

 これで、リーマスが怪我をすることは無くなった。

 二人が助かる方法も、最早残されていない。

 リリーは、両手で目を覆った。

 刹那、真後ろで鋭い声が響いた。

「カレッジ!」

 涙をこぼしながら、リリーは振り返った。







「カレッジ!」

 が一緒になって落ちた瞬間、も意を決す。

 今更になって、重要なことに気がついたのだ。



 この敷地は、彼の思いに必ず答えてくれる。



 ならば、後は可能か不可能かの問題ではない。

 やるか、やらないかだ。



 カレッジが腕の中から、肩に飛び移った。

 全身の毛を逆立て、目を瞑り、の首筋に寄り添う。

 も彼の体に右手を添え、目を閉じた。

 右手と首筋を通じて、使い魔の力が主に送られる。

 それは体内で一瞬のうちに後継者の力に変わり、増幅され、青い輝きを放って右手に集約する。

 両者は同時に目を開けた。

 はカレッジに添えていた手を離す。

 片膝をついて、彼は地面に輝く力を纏った右手を当てる。



「リリー、退いて!」

 ごしごしと涙を拭きながら、リリーは言われた通りに横に退いた。

 いつも穏やかで柔らかい彼の瞳が、強い意志の光を宿している。

 は前方の森を見据えた。





―――僕に、力を貸して欲しい―――







「―――応えろ、ホグワーツ!!」







 息をする、森。



 木々が一斉に動き出した。

 枝を伸ばし、葉を広げ、落ちてくる二人をその腕の中に受け入れる。



 耳障りな音がした。

 とリーマスの姿は木々の間に隠れてしまう。

 、ジェームズ、シリウスを先頭に、全員がそこへ向かった。



! リーマス!」

「大丈夫か!?」

「返事しろ!」





「うにゅ」



 微かに聞こえる、声。

 そして少し間を開けて、確かに声が聞こえた。



「私たちはここに居るよ、大丈夫だよ!」



 途端に、大歓声があがった。

 リリーはピーターに縋って大泣きし、ピーターもずずっと鼻水をすする。

 グリフィンドール生は手を取り合って喜び、スリザリン生も安堵の溜め息をついた。

 ジェームズとシリウスは協力してリーマスをの上から下ろす。

 の手を取った。

「怪我、してない?」

 初めて使ったホグワーツの力に、疲れきった様子の

 は彼を見上げて、一息つきながらにこっと笑った。

「だいじょぶ。助けてくれて、ありがとう」







「もう! 心配したじゃない!」

「ごめんね、リリー」

 リーマスは医務室に運ばれ、生徒達が自主解散を命じられた後、リリーがに抱きついた。

 そして再び大泣きする。

 はよしよしと背中を撫でながら、ジェームズとシリウスにも笑いかけた。

「ふたりも、ありがとね」

 ジェームズは肩を竦める。

「僕らは何もしてないよ。君を頼るだけで精一杯だった。ね?シリウス」

「ああ。ったく・・・無茶すんなよ、寿命が縮む」

 髪を掻き揚げ、溜め息をついてシリウスはそう言った。

「ホント、凄いよ

も、さすがだねぇ」

「そんなこと・・・・・・ッ」

 ピーターに答えようとしたとき、は突然、強烈な眩暈を覚えた。

 ふらつき、思わず蹲る。

「ちょっ、!?」

 慌てるピーター。

 シリウスがすぐ脇に膝をついた。

「おい、どうした?」

 の背に手を置く。

 するとカレッジが足元をすり抜け、に身を寄せた。

「力使ったのは初めてだからな、反動が来たんだろう。

よく頑張った、。我慢しなくていい」



 カレッジの言葉にようやく安心したのか、は意識を手放した。





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